スーパーバイザーの存在価値

最近学生と接触することが多くなり、スーパーバイザーという言葉を意識している。

スーパーバイザーというと、「指導者」とか「監督者」という意味だ。海外の研究室ではよく使う言葉で、院生ごとに割り当てられることが多い。

何の役割を果たす人かといえば、大学院の研究室でいえば、たとえば(教授の代わりに)院生の研究をレビューし、方針等を指導するなどである。

自身も大学院生のときにスーパーバイザーになってくださった方々がいた。研究をはじめ、いろいろと相談にのってもらい、その存在は大きかった。

その本質的な役割は大きく以下の3つであると思っている。

  1. 学生が余計なことをしなくて良いようにフォローする
  2. 学生が考え過ぎないようにする
  3. 学生の良き相談役になる

体育会でいうところのコーチだとか一流選手のメンターに該当すると思う。

スポーツといえば勝負の世界。日々揉まれながら結果を出していかないといけない。

結果を出すには集中して他の選手にはない強みや基礎を身につけていかないといけない。

これは研究の世界でも同じであると思う。

あれもこれも興味の赴くままであったり、ガムシャラに取り組むには時間がいくらあっても足りない。

大学院、もっというと、研究する時間というのは大学院生でもあるように見えて案外なかったりする。

限られたりリソースのなかで新規性を出していくのは簡単なことではない。

この文脈のなかで、どのスーパーバイザーがつくかは、どういう時間の使い方にフォーカスしたいかということと同義であると思う。

若干脱線するが、研究室選びをする学生は、まさに所属したらどういうスーパーバイザーがついてくれるのかを考えるのは、一つの研究室選びのポイントであるとも思う。

良きスーパーバイザーになれるように努力していきたい。