人口データを読む

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仕事がら論文や報告書を読む機会が多く、少なくとも2日に1回は人口関係の資料を読んでる気がする。

最近見たなかで印象的だったのは、国土交通省が出している「資料7 我が国の住生活をめぐる状況」だ。この資料では、人口や住宅ストックの推移が言及されている。

印象的だったのが、開いてすぐの3ページ目のスライドだ。

国土交通省 我が国の住生活をめぐる状況

現在(2015年現在)の埼玉県の人口が、鎌倉時代の日本の全人口にほぼ匹敵するのだ。人口減少が盛んに叫ばれる今日、人口規模そのものは今後の人口をみても決して少なくはない。他国をみても、日本は比較的多い方だ。現代の日本社会の人口がいかに多いかを感じさせられる(資料のソースを確認できていないため、ここでは資料を正とする。)。

首都圏の通勤ラッシュや休日の渋谷に行けば、人混みに簡単に遭遇できるが、データからみてもそれは異常だといえるだろう。かつてなく高い人口密度で狭い空間に住んでいれば、スマートフォンのゲームなり、狭い空間なりに生活を楽しむための文化やライフスタイルが栄えるのは想像に難くない。そして、かつてない高齢化社会を迎えるという意味では、これまで人類が体験したことがないフェーズにあることは確かなのだと感じさせられる。

このスライドを持ち出したのは、悲観的な話をしたいからではない。ある種の発想の転換ができるのではないかと思った。
冒頭での一文を再掲する。

現在(2015年現在)の埼玉県の人口が、鎌倉時代の日本の全人口にほぼ匹敵するのだ。

その気になれば一都道府県が一独立国家になるだけの文明があるんだよなぁと感じるのだ。

現代社会というのは、中世以前と比べて、過度に生産性が高い時代であるといえる。それ故にその生産性に見合うだけの価値を出していかないと、取り残されるという認識が社会全体に広がっているように感じる。それはまんざら間違ってはない。しかし、観点をかえて見ると、できることはありそうな気がしてくるのだ。

もし埼玉県が突如独立して、社会をつくるとしたら、何をしないといけないのか。アナーキズムや革命的なものを打ち立てたいのではないが、ゼロベースで考えた方が実は今のテクノロジーや国際関係を考慮して、できることは沢山ありそうな気がする。特にこうやって過去と比べることで、 社会が何ができるようになったのか を、私達は知っているようで知らない。

既存の政治システムや経済システムの延長から考えようとすると、まずそこから勉強しなくてはいけないし、制約が多すぎてアイディアがなかなか出てこないのを身を持って経験してきた。まずは人口データのように社会を俯瞰できる基礎データから、気づきを得ること。そこからブレークダウンして、アイディアを膨らませていくのはありだと思うのだ。今では政府が出しているRESAS(リーサス)や、うちの会社から出しているSpaada(スパーダ)などのツールで簡単に国の動態が分かるデータが出ている。こういったものを使いながら、丸2日間くらいぶっ通しでアイディアソンをやってみたいなと個人的に思ったりする。

などと、仕事中、資料を見ながら思ったのだった〜 (´∀`)